幸せについてほんの少しだけ考えてみた

はじめに

箱根で飲み会があって、「あなたの幸せはなんですか」という質問が友人のギャルからありました。

それについて考えてみたので文章にしてみます。

幸せとは

私はかつて、子供の頃イメージしていた壮大な人生プランからは多少見劣りはすると思っています。

私は音楽家になるつもりでした。

note.com

今頃ではロバートフリップ的生活をしているはずでした。

今の人生が普通かといえば、少し外れているとは思いつつも、常識的なこれまでだと思ったりしました。

幸せのない生き方

「それとなく流れている日々のそこかしこに幸せがあるか」

というと、私はライブ感を持って感じたことはありません。

 

私は自覚的に"幸せ"に無自覚でした。

 

つまらないことや嬉しいことを繰り返してトータルではゼロになるという意見があります。

一方で、人生はオセロでたとえ黒が並んでも白で挟めば綺麗にひっくり返るという意見もあります。

それについてふざけんなって思う人もいるみたいです。

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私は生き始めることはマイナスから始まります。

マイナスの状態から、どれだけ白を重ねても、盤面に並ぶことのない感覚を持っています。

そして、白にひっくり返るような最高の瞬間も、すでにその裏にある黒が私の視界の端にチラついています。

そんな自分を哀れだと思う自分もいます。

 

居心地の悪さについても最近考えることがあります。

生きている限り、意識がある限り、「違和感」の片鱗が常に立ち現れるのを感じています。

 

これらを総合すると、私は、自分自身の幸せについて、「いまここ」に集中できないマインドセットを持っているのでした。

チャレンジばかりの人生

そういった空っぽで幸せのない人生が不幸かというとそうでもないとも思っています。

ギャルがこういった質問もしていました。

 

「チャレンジしたことはなんですか」

 

私はチャレンジばかりの人生だと思いました。

私は生きていくなかで小さなチャレンジと試行錯誤を繰り返して生きている感覚があります。

 

例えば、朝の6時に起きて謎のブログを書くことはチャレンジです。

面識のない人が話しているテーブルにそっと入ることもチャレンジです。

 

これらの行動は感覚的に、違和感があり、居心地の悪さを伴っているとも思います。

チャレンジによって生まれる多様な世界

この2つの質問自体は私が世界に感じている違和感と居心地の悪さを表出させました。

いまここにあるチャレンジと複数の世界

私は今、隣に座った人に「おはようございます」と言うことにすら、チャレンジを感じています。

挨拶という最も素朴な方法で、この場は安全かどうか、そして自分の存在が承認されているかどうかを試そうとしているからです。

挨拶が返ってくる世界と返ってこない世界が同時に存在し、返ってきた瞬間(今、返ってきました)それはある種安全方向の世界として確定します。

一方で今、挨拶が返ってこなかった世界も私のなかでのみ存在しています。

「おはようございます」と言って無視され、私の頭の中では「私の声が小さかったのかな」「私の耳の調子が悪かったのかな」「この人は声に出す元気がなかったのか」「私のことが気に入らないのか」といった様々なことが頭を巡ります。

そしてこの世界の居心地の悪さを噛み締めていました。

挨拶が返ってこなかった世界の居心地の悪さを噛み締める一方で、挨拶が返ってきた世界が現実です。

語られない世界

この二つが同時に存在することは、ある種オセロのようにも感じます。表裏が存在し、ふとした瞬間にひっくり返ったりする。

多分、白にも黒にもならないグレーの世界も存在するような気がします。

私はここで「ミスターノーバディ」という映画を思い出します。

https://press.moviewalker.jp/mv47305/

この映画の解釈は様々です。

この映画に対して、私は全てを肯定する意見はあまり好きではありません。

ただ、多面性がそこにあるという感覚はすごく共感します。

それが何をもたらすかということも。

統合

かつて夢見た壮大な人生プランのなかに私はおらず、幸せのライブ感にも無自覚です。

しかし、挨拶ひとつで様々な世界の可能性を頭に巡らせ、その存在をいまここで噛み締めています。これを冷笑する自分、この文章を書いている自分をまた冷笑する自分。

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すごく歪な感じがしますが、私なりの「いまここ」への向き合い方な気もしました。

ここまで考えが巡った時、「幸せがないこと」と「チャレンジがあること」は、綺麗に統合される感覚がありました。

 

「こんなにもチャレンジが溢れる人生は幸せだ」

 

別にスピってるわけじゃないんだけど、確かに感じました。

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違和感のインフレーション #miwaテスト実況

はじめに

miwa719.hatenablog.com

この記事に対するアンサーとして、個人的なアイデアが浮かんだので書いてみます。

違和感のつかまえかた

私がテスターとしてのキャリアを始めた頃、miwaさんの「違和感のつかまえかた」というブログを拝見しました。

miwa719.hatenablog.com

テスター1年目の当時は正直よくわからなかったのですが、今ではこの感覚はよくわかります。

私は自分自身を「プロのテスター」と自称することがあります。

これは自分自身が持つ責任を表現する意図です。

そして、同時に、ソフトウェアの悪さを発見することに対して、プロダクトによらず発見することができる自信があるからです。

 

その根底にはmiwaさんがおっしゃる「違和感のつかまえかた」に通じるもの、というかすでにmiwaさんがすべて言語化しているようなものを、私自身も一部分持っているからだと思っています。

違和感のインフレーション

私はこの「違和感」について、新しい比喩を用いて表現しようとしました。

真っ先に思いついたのは「ビッグバン」です。その中で「インフレーション」という言葉がわかりやすいと思ってこの言葉にしました。

実際の物理学的な用語定義とは異なります。

テスト実行する時のダイナミックな違和感

私は違和感をつかまえる時、その認知のダイナミックさを感じるときがあります。

これはmiwaさんが資料の中で言及されている、風邪のメタファー、その中でもウイルスの増殖と同じようなものかもしれません。

 

小さな、微少なたったひとつの違和感が、徐々に増えていきそれがあるタイミングで指数関数的に増殖します。

これがある閾値を超え、確信に変わった時に、違和感は「期待結果」と「事実」を伴って立ち現れ、それをバグとして言語化します。

 

これは私は宇宙が発生した時の動きに近いと思っています。

宇宙は、ビッグバン後の10マイナスすごい数乗の極めて短い間に、凄まじい膨張を始めました。

 

私は宇宙の誕生ほど短い期間ではないですが、テストをしているときに、ほんの数秒---あるいは1秒に満たないかもしれません---「違和感が指数関数的に膨らんでいく」ことを感じることがあります。

違和感がインフレする

私はこれを今「違和感のインフレーション」と名付けました。

例えば私の中で違和感がインフレーションするとき、以下のようなことが起こります。

  1. 現実を認知する
  2. 言語化できないエネルギーが生まれる
  3. それがある種不快、あるいは好奇心であることに気づく
  4. その感情と現実を比較する
  5. 違和感であることに気づく

これらのプロセスにおいて、決して単一の活動ではなく、過去のパターン認識や環境・状況などの要因によって、何かと何かが結合するような、それこそ宇宙の誕生のようなものを感じています。

インフレーションのスピードに言語化は間に合わない

このインフレーションにおいて、多くの場合は言語化は間に合わないと考えています。

特に2番は創造的なエネルギーであり、これが違和感として言語化された瞬間、酸素が燃焼し、火に変わっていくような変換が起こる感覚を持っています。

そう考えるとプラズマのようだと考えることもできますね。

 

正直、何言ってるかわからないかもしれないです。

私も、1年前まではわからなかったでしょう。すべてを言語化できると考えてしまうからです。

 

でも今は違う現実を見ています。

創造的な何かが起こる時、---もちろん創造性はプログラマーやプロダクトマネージャー、デザイナーだけでなくテスターにも起こります---そこには言葉にできない何かから生まれるということです。

テストを生成的の起点と考える

speakerdeck.com

nacoは「テストも品質も単なる結果ではなくそれ自体が生成の起点である」と述べています。

 

私はテスト実行を通して、テスター自身から創造性が生まれる瞬間、それが違和感として結実するまでのプロセス、そしてその場にいることにより、場にどのような生命力が生まれるかに興味があります。

 

「違和感のインフレーション」これが私以外にあるとしたら、どんなふうに生まれるかを知りたいです。

そしてそれが生まれた時、その場がどうなっていくかを知りたいです。

 

ここまで書いて思いついた言葉があります。

「テスト宇宙」

 

テスト宇宙はマルチユニバースな構造かもしれませんね。

 

読者のみなさんのテスト宇宙を、その構造を知れることを、私は楽しみにお待ちしています。

スクフェス新潟2026で発表しました。

スクフェス新潟で発表した

www.docswell.com

感想

スクラムフェス新潟で発表してきました。

直前の発表が超よかったのもあって、発表前15分前にはすごく緊張していたのですが、10分前にはその緊張は消え失せていました。

 

すでにスピーカーモードにしていたのですが、事前のじゅんぺいさんとの会話中に、私が用意していた笑いドコロのカンペをガン見されていて、超はずかしかったです。

 

私はこの発表をしようと思ったきっかけは以下の2点に集約されると思います。

  • 「QAエンジニア」がミドル層以上のエンジニアに対して、本来品質保証への関心を持っているにも関わらず、ジュニア層に行うような「ティーチング」の関わりをしてしまうこと、それによる”品質保証活動"の分断
  • その手段としてEM文脈での”コーチング”の技術のみを使ってしまうこと
    • これは品質保証のドーナツ化の再現でもある

そのため、このような強めの発表となりました。

質問に対するアンサー

Q.明日から何をすればいい?

難しい質問です。

私はコーチングをマインドセットなしに提供することの危うさを危惧してこの発表をしました。

一方で、単純に「コーチングスクールについて調べろ」と突き放すのも違うと思います。

私はついそう言ってしまいましたが。

 

そんな中で捻り出したのが、「自分に目を向ける」です。

これは支援の話をしてるのになんやねんって感じですが、私が今回伝えたかったことでもあります。

ただ頭で理解できることに執着するのではなく、感じたことや身体に現れたものに思いを馳せることです。

いきなり他者に目を向けるのではなく、まず、自分の脳みそで考えることの隣について目を向けることだと、今は思います。

 

Q.QAがコーチングをするのは難しいのでは?

超難しいです。むしろ、QAという存在自体が、コーチングが大事にする「内発的動機」や「答えはクライアントの中にある」というマインドを否定しうると考えています。

そしてそれは、インプロセスQAがよく標榜する「全員で品質を保証する」という理念を無自覚に達成を困難にするという危惧があります。

これは私自身がそういった失敗をした経験にも起因します。

そんななかで、特にインプロセスQAでありながら"開発者"と"QA"で分断する考えを持つ人がその考えを保ちつつ支援という形で力を発揮するために「コーチング」という技術を提案するのが意図です。

さらに踏み込んで言えば、コーチングが難しいのならば、何かの前提を変えることも考える必要だあると思います。それには痛みが伴うと考えています。

Q.QAが大成するにはコーチングの技術は必須?

必須とは考えないです。

一方、コーチングの技術、あるいはコーチとしてのあり方は仕事だけでなく、人生のさまざまな場面において有用だと考えています。

そしてさまざまな場面に使えるため、レバレッジが効くものだと考えています。

なので、私とルーツを同じくするQAエンジニアの皆さんも、人生を豊かにするために、コーチングを学んでみるのもいいのではないかと考えています。

Q.相手の中に答えがあるだけでなく、コーチ自身の知見を使って支援する形もあるのでは?(意訳)

その通りです。

実際のパーソナルコーチングでは、もちろんクライアントを尊重する前提があるとは言えど、クライアントが達成したいことを後押しする支援のためには、さまざまなリソースを使うべきだと考えています。

今回の発表ではそういったコーチングの性質・ある種の本質について言及せず、「コーチングマインド」をベースに、どのように「あり方」を見直すかという内省を促す意図がありました。

Q.一緒にやっていくという意味ではIメッセージより Weメッセージのほうが有効な場合もあるのでは?

これについては同意します。そして、発表資料の段階では検討できなかった部分でもあります。

その上で、この意見について再検討したところ、やはり「状況による」という注釈が必要だと感じています。

特に、"QAエンジニア"というラベルを持った状態で開発チームにいる場合、私は十分な信頼関係がない状態で安易にWeとしてしまう場合に失敗した経験がありました。

これは私自身が信頼関係の見立てを誤り、小手先のコミュニケーション技術を使ってしまった結果だと思っています。

なので、まず品質保証の専門性を持つ他者としての意見を強調する意図として、Iメッセージを使うことが多かったという経験則になると考えました。

Q.テストや品質に対するリテラシーが低いところに対してはやっぱりティーチングから入るべき?

難しいところですが、すでにプログラミングや運用など、「テスト」や「品質」という言葉で表現されていないがプロフェッショナルとして仕事をしている場合こそコーチングを使った支援が有効だというのが私の考えです。

テスターとしてはまだジュニアで、すでに"プログラマー"としてはミドル以上という状態を想定した場合に、その中にある小さなモチベーションを"品質"に紐づけて生成的なエネルギーに変えうるのでは?というのが私の主張です。

なので、テストや品質に対する知識がなくても、始まりとしてはコーチングは有用だと考えます。

一方で、「そもそもソフトウェア開発がわからない」などのジュニアエンジニアばかりの場合はティーチングが必要な場合もあると思います。ただ、その場合でもおそらくはソフトウェアテストというよりも、ソフトウェアエンジニアリング全般(つまり品質を作り込む方法)をティーチングする中で、テストを組み込むような形になるかと思いました。

ぜんぜん関係ないけど

しーちきさんが参加していることに胸が熱くなった。

今日からエンジニア二年目です。

4月1日になりましたね。

そういうわけで私もエンジニア二年目となりました。

詳しい経緯は以下を参照してください。

yy-world.hatenadiary.com

 

この一年は特に「私はソフトウェアエンジニアです」という発言をすることが多くなりました。

ソフトウェア開発に携わっていない人々と会話することがめちゃくちゃ増えたからです。

それでは私自身、「エンジニアっぽい活動をしたか」というと、実はそうでもありません。

 

とにかく生成AI活用が爆発的に流行った年でしたが、正直言って、「既存のツールを如何にそれっぽく使いこなすか」という域を超えなかったと思っています。

そこには私が「お前はエンジニアにはなれない」と言われた時に目の前にあった壁とは異なるものがあると考えています。

「壁を乗り越える」という努力なしで新たなエンジニアリングのようなものを、それっぽく使っている気がする。そういう危機感があります。

 

一方で、今まで通りコードを手打ちで書いたりするのかというとそうでもないとも思います。

必要なのは、「苦痛(エッジ)を伴う学びをして、自分自身がエンジニアと呼ぶに相応しい経験・蓄積があるか」ということだと思います。

 

この生成AIの波に揉まれて、私自身その感覚を忘れていたように感じています。

 

一年目、早速エンジニアとしての危機感を感じています。

二年目はどうなるでしょうか。

 

不安というよりかは、私はワクワクがあります。

 

PHPerKaigi 2026に参加してきました

はじめに

PHPerKaigi 2026に参加してきました。

phperkaigi.jp

私はプロのプログラマーとして業務でPHPを書いているわけではなく、普段はQAエンジニアとして活動しています。

そのため、自分のことを「アマチュアPHPer」と名乗ったりしています。

そんな私が今回「ぜひ参加したい」と思ったのには理由があります。

これまで関西のさまざまなエンジニアコミュニティに顔を出す中で、PHPコミュニティの方々が私をとてもポジティブに受け入れてくれたという体験があり、それが私自身のコミュニティ活動における原体験になっていると感じているからです。

PHPerって懐深い人多い気がする。

全体を通して

PHPerKaigi全体を通してまず驚いたのは、至る所に「遊び心」が散りばめられていることでした。

周囲のPHPerの方々は「実行委員長の長谷川さんの趣味だ」と笑っていました。

おそらくそれは間違いないと思います。

ただ、私はシステムコーチングを学ぶ身として、別の視点も持ちました。
それは、PHPerKaigiにおけるそういった場づくりが、PHPコミュニティ特有の「参加しやすさ」や「リラックスできる雰囲気」を生み出しているということです。

これまでソフトウェアテストやスクラムのカンファレンスでも、イベント設計やコミュニティの面白さをたくさん見てきましたが、PHPコミュニティならではの在り方や関係性の構造を垣間見れたことは、私にとって大きな収穫でした。

PHPer Book Revue

オープニングでノリノリに踊れました

https://www.youtube.com/watch?v=rXcTfSdXCdY

雑に作る(きんじょうひできさん)

何かを作ることの原点に立ち返らせてくれるような、素晴らしい本の紹介でした。
特に「分解する」という点に豊田喜一郎イズムを感じ、「ああ、やっぱりここでも繋がっているんだ」と深く感動したことを覚えています。

早速購入しました。

Rubyソースコード完全解説

「PHPのカンファレンスで、あえてRuby?」と最初は思いましたが、言語自体の実装を理解する過程でコードリーディングの技能を深められるというお話には、とても共感しました。

ソフトウェアテスト技法においても、マイヤーズやカーニハンといった先人を知ることで理解が深まる(と、以前ときょんさんとブロッコリーさんが話していた)ことを思い出し、ここでも知識の「繋がり」を感じながら興味深く聞くことができました。

現在は無料で公開されているとのことです。

マネジメントシステムに魂を入れる

私です。

www.docswell.com

発表を聞いて実際に本を購入してくださった方もいらっしゃったようで、本当に話してよかったと思っています。

QAエンジニアの皆さんは当然読んだよね?

うかうかしてられんな。

Fearless Change(小泉さん)

小泉さんとは、私が東京へ行くたびにお会いしている気がします。
『Fearless Change』は私も昔から持っているのですが、小泉さん自身が開示されたように、実は私自身も当初はあまり内容が刺さらなかった記憶があります。

小泉さんがご自身の体験を通して徐々に理解を深めていく様子に「あ、俺も同じだ」と深く共感しました。
同時に、ご自身の体験を等身大で語る姿を見て、本当に謙虚ですごい方だと改めて感じました。
その謙虚に学ぶ姿勢に負けていられないと感じました。

Science Fictions(ますおかさん)

ますおかさんのLTはPHP関西の勉強会で何度か拝見していますが、今回もいつものスタイルで安心しました。

私はこの本を知らなかったのですが、「科学的手法という枠組みそのものを疑う」という内容に強く惹かれました。現在私が学んでいる関係性に関するコーチングなども様々な心理学の研究に基づいているため、この問題についてはきちんと理解しておく必要があると感じました。

もちろん買いました。

「お金で解決」が全てではない!大規模WebアプリのCI高速化

CIの遅さは品質保証においても大きな障害になると考えています。

そのため、非常に興味深く聞かせていただきました。

講演後、ご本人と直接お話しする機会があり、テストの観点からどのようなアプローチが可能か、あるいは「なぜ今回はその選択をしたのか」という論点について、短い時間ですが議論できたのがとても良かったです。

高いプロフェッショナリズムを持ち、その中で泥臭く地道に改善を重ねていく姿は、多くのエンジニアの励みになる内容だと思いました。

私自身も、もっと勉強してCI環境を良くしていきたいと強く思いました。

アンカンファレンス:テスト・アジャイル・品質

私です。

誰もセッションを始めていなかったので、「試しにファーストペンギンになってみるか」と、小泉さんと極めて軽いノリでスタートしました。
Welcome To Software Testing World』の再演などを行い、品質保証や規格との向き合い方について議論できたのは有意義でした。

何より嬉しかったのは、その後に他の方々が続いて発表をしてくれたことです。

私が電源ボタンを長押しして起動させたプロジェクターがそのまま使われているのを見て、少しだけコミュニティに貢献できたような気がしました(言い過ぎ)。

モジュラモノリス導入から4年間の総括:アーキテクチャと組織の相互作用について

モジュラモノリスやコンウェイの法則といった概念は教科書的に知っていましたが、実際に現場で起こったことをベースに4年間の「実践知」として聞けたことは、非常に貴重でした。
川島さんの説明は端的でわかりやすく、すっと内容が入ってくる素晴らしい発表でした。

アンカンファレンス:自己紹介LT

ベテランから私のようなルーキーまで、さまざまな方の自己紹介を聞くことができて良かったです。こういう場がもっと増えればいいなと思いました。
ちなみに私は、「スクフェス福岡」の登壇資料を6分に圧縮して話しました。

唐突なおわり

1日目の終了後、ホテルに戻ると喉の痛みが引かず、体のほてりや悪寒など、嫌な予感がしていました。熱を測っても平熱だったのですが、翌日になっても体調の違和感は引きませんでした。

2日目はテスト関連の話題が多かったため、無駄に鋭い質問やマサカリのような意見をぶつけて議論しようと意気込んでいたのですが、様々な感染症の潜伏期間であるリスクを考慮し、現地参加を辞退しました。
私の分の懇親会の食事は、関西のPHPerの方々が美味しく食べてくれたと信じています。

帰りの新幹線の中でニコ生配信を見ようとしましたが、回線が安定しなかったため、後日アーカイブで追う予定です。

【補足】

月曜日に病院で検査を受けましたが、コロナもインフルエンザも陰性で、結果的には「軽い風邪」とのことでした。
ひとまず安心ですが、会場で私と会話をした方は、念のため体調の変化にお気をつけください。

全ての人に感謝を

スタッフの皆様、登壇者の皆様、スポンサーの皆様、そして一緒にイベントを盛り上げてくれたPHPerの皆様、本当にありがとうございました!
めちゃくちゃ楽しかったです。また何かお土産(持ちネタ)を作って参加したいと思いますので、その時は一緒に楽しませてください!

JaSST'26 Tokyo「G4)みんなでつくったJaSSTnanoなの」でパネルディスカッションしてきました

はじめに

JaSST'26 Tokyoでパネルディスカッションに参加しました。

当初、私は自分のエピソードトークを全く用意していませんでした。というのも、自分が前に出て話すつもりはなく、皆さんから寄せられた質問を拾って全体に流す役割に徹する予定だったからです。

しかし、様々なご配慮をいただき、急遽パネルディスカッションのメンバーの一人としてお話しすることになりました。

今回は、そのセッションの内容を軽く振り返りたいと思います。

第1回の思い出と、きんぢさんとの笑えるやり取り

セッションでは、JaSST nanoの第1回がどのように始まったかについて、きたのしろくまさんたちと振り返りました。

私自身、第1回の発表者として参加した時のことをよく覚えています。

今回何より面白かったのは、当時の私の発表に対して、きんぢさんが「大それたことを」といったコメントを残したことがずっと心残りだった、とご本人から直接聞けたことです。

正直なところ、当時の私はわざと少し生意気なセッションにしようと「テストケースってなんなの」というテーマで話しました。

きんぢさんには「尖った発表ですね」と言っていただき、当時、めちゃくちゃ笑ったのはとても良い思い出です。

あの時の発表が私の意図通りに受け取られてくれた点をすごく嬉しく思っていました。一方で、きんぢさんはそれを後悔しているというギャップを純粋に面白く感じました。

ちなみに、第4回の時に私の友人が「QAエンジニアってなんなの」という発表をした際にも、きんぢさんは同じように「大それたテーマだ」とコメントしていましたね。

改めて考える「JaSST nano」の価値

今回、改めてJaSST nanoについて話す中で強く感じたのは、「常に発表の場が用意されている」ことの大きな意義です。

私自身、ジュニアの方々を支援したり、マネジメントに関わったりする立場になりました。

だからこそ、査読やプロポーザルの審査なしで発表できる場があるということは、非常に力強く、多くの方の背中を後押ししてくれる存在だと感じています。

このJaSST nanoという場を、今後も継続していきたいという思いを新たにしました。

また、発表の「録画」が残っていることも大きなメリットです。

私はテストエンジニア以外の方々と接する機会も多いのですが、その際に「まずはJaSST nanoの動画を見てみて」と紹介できるのは、コミュニティにとっても非常に有益だと感じています。

マイクを渡してくれた簪

隣に座っていた簪も、私が参加することにびっくりしたかもしれませんが、いい感じでマイクをパスしてくれて助かりました。

簪のさりげないパスや回しがあの場をよりエキサイティングにしていたと思っています。

ありがとうございます!

モデレーターを務めたそうすけ

実は今回、私がモデレーターをするかという話も最初にしていました。

しかし、そうすけが自ら手を挙げて立候補し、モデレーターを務めてくれました。

ただ、パネラーの自己組織化が凄まじく、彼のモデレート捌きをみんなに見せつけられなかったのが少し心残りです。

これは今回の心残りとともに、次回への期待としたいと思っています。

私は今後もそうすけのことを心から応援しています。

Agile Testing Night#27 ~JaSST'26 Tokyo非公式前夜祭で発表しました。

はじめに

Agile Testing Night#27に参加してきました。

https://wingarc1st-spqi.connpass.com/event/381317/


今回は「スライドなしのLT」という自分なりのチャレンジをしてきましたので、どんな話をしたのかを簡単に書き残しておきます。
これは、発表を決めたタイミングでiPhoneに書き留めていたメモを清書したものです。

LT「カンファレンスとチャレンジ、その一つの形としての越境」

皆さん、こんばんは。私は大阪から来ました。
今日は、私がここにいる理由と、明日のJaSST Tokyoで期待しているセッションについてお話しします。

私がここにいる理由、それは「越境」

正直なところ、当初はJaSST Tokyoに現地参加する予定はありませんでした。

しかし、明後日開催されるPHPerKaigiに参加するということもあり、今日ここに来ています。
私にとって、これは一つの「越境」です。

明日の注目セッション:「品質を経営にどう語るか」

私は昨年もJaSST Tokyoに参加しました。そしてこの1年間、様々なコミュニティでお世話になり、多くの方々と交流させていただく中で、強く感じたことが2つあります。

  1. QAエンジニアである私の専門性が求められていること
  2. QAエンジニアである私自身が越境し、様々な人々と連帯が可能であるということ

私たちは、バックエンドエンジニア、フロントエンド、デザイナー、PdM、セールス、マーケティング、コーポレートといった各ロールの方々と、個別に話すことができます。
では、これらすべての役割を統括する概念はなんでしょうか?
それは「会社経営」という共通のコンテキストだと思います。

だからこそ、明日の「品質を経営にどう語るか」は素晴らしいセッションになると期待しています。

私自身、経営に対して品質を語る方法や、現場で協働していくためのヒントを学びたいと考えています。

私自身の越境とチャレンジ

明後日、私はPHPerKaigiに参加します。そこでは飯塚先生の「マネジメントシステムに魂を入れる」という本を紹介する形で、日本における品質保証について語る予定です。

これも私にとっての大切な「越境」です。

PHPerKaigiが私を東京に引き寄せました。私はそこに強いエネルギーを感じています。
私が大阪から来たのは、ただ学ぶためだけではありません。越境し、共有するという形で、様々なコミュニティに貢献するためです。

JaSST Tokyoで期待していること

皆さんも、明日はそれぞれの参加の仕方があると思います。
JaSST Tokyoに向けて私から一つ提案したいのは、「何か一つチャレンジをしてみる」ということです。

職能を越えなくてもいい。登壇しなくてもいい。経営と品質について語らなくてもいい。

あなたなりであれば、なんでも構いません。
なぜなら、チャレンジは「越境のタネ」になるからです。

越境するところ、チャレンジするところには、必ず強いエネルギーが生まれます。

今回のJaSST Tokyoにも、「品質を経営にどう語るか」にも、その熱いエネルギーがあるはずです。

私自身、今日は「スライドなしのLT」というチャレンジをしました。

明日からのカンファレンス、一緒に楽しみましょう。
ありがとうございました。