幸せについてほんの少しだけ考えてみた

はじめに

箱根で飲み会があって、「あなたの幸せはなんですか」という質問が友人のギャルからありました。

それについて考えてみたので文章にしてみます。

幸せとは

私はかつて、子供の頃イメージしていた壮大な人生プランからは多少見劣りはすると思っています。

私は音楽家になるつもりでした。

note.com

今頃ではロバートフリップ的生活をしているはずでした。

今の人生が普通かといえば、少し外れているとは思いつつも、常識的なこれまでだと思ったりしました。

幸せのない生き方

「それとなく流れている日々のそこかしこに幸せがあるか」

というと、私はライブ感を持って感じたことはありません。

 

私は自覚的に"幸せ"に無自覚でした。

 

つまらないことや嬉しいことを繰り返してトータルではゼロになるという意見があります。

一方で、人生はオセロでたとえ黒が並んでも白で挟めば綺麗にひっくり返るという意見もあります。

それについてふざけんなって思う人もいるみたいです。

YouTube

 

私は生き始めることはマイナスから始まります。

マイナスの状態から、どれだけ白を重ねても、盤面に並ぶことのない感覚を持っています。

そして、白にひっくり返るような最高の瞬間も、すでにその裏にある黒が私の視界の端にチラついています。

そんな自分を哀れだと思う自分もいます。

 

居心地の悪さについても最近考えることがあります。

生きている限り、意識がある限り、「違和感」の片鱗が常に立ち現れるのを感じています。

 

これらを総合すると、私は、自分自身の幸せについて、「いまここ」に集中できないマインドセットを持っているのでした。

チャレンジばかりの人生

そういった空っぽで幸せのない人生が不幸かというとそうでもないとも思っています。

ギャルがこういった質問もしていました。

 

「チャレンジしたことはなんですか」

 

私はチャレンジばかりの人生だと思いました。

私は生きていくなかで小さなチャレンジと試行錯誤を繰り返して生きている感覚があります。

 

例えば、朝の6時に起きて謎のブログを書くことはチャレンジです。

面識のない人が話しているテーブルにそっと入ることもチャレンジです。

 

これらの行動は感覚的に、違和感があり、居心地の悪さを伴っているとも思います。

チャレンジによって生まれる多様な世界

この2つの質問自体は私が世界に感じている違和感と居心地の悪さを表出させました。

いまここにあるチャレンジと複数の世界

私は今、隣に座った人に「おはようございます」と言うことにすら、チャレンジを感じています。

挨拶という最も素朴な方法で、この場は安全かどうか、そして自分の存在が承認されているかどうかを試そうとしているからです。

挨拶が返ってくる世界と返ってこない世界が同時に存在し、返ってきた瞬間(今、返ってきました)それはある種安全方向の世界として確定します。

一方で今、挨拶が返ってこなかった世界も私のなかでのみ存在しています。

「おはようございます」と言って無視され、私の頭の中では「私の声が小さかったのかな」「私の耳の調子が悪かったのかな」「この人は声に出す元気がなかったのか」「私のことが気に入らないのか」といった様々なことが頭を巡ります。

そしてこの世界の居心地の悪さを噛み締めていました。

挨拶が返ってこなかった世界の居心地の悪さを噛み締める一方で、挨拶が返ってきた世界が現実です。

語られない世界

この二つが同時に存在することは、ある種オセロのようにも感じます。表裏が存在し、ふとした瞬間にひっくり返ったりする。

多分、白にも黒にもならないグレーの世界も存在するような気がします。

私はここで「ミスターノーバディ」という映画を思い出します。

https://press.moviewalker.jp/mv47305/

この映画の解釈は様々です。

この映画に対して、私は全てを肯定する意見はあまり好きではありません。

ただ、多面性がそこにあるという感覚はすごく共感します。

それが何をもたらすかということも。

統合

かつて夢見た壮大な人生プランのなかに私はおらず、幸せのライブ感にも無自覚です。

しかし、挨拶ひとつで様々な世界の可能性を頭に巡らせ、その存在をいまここで噛み締めています。これを冷笑する自分、この文章を書いている自分をまた冷笑する自分。

YouTube

すごく歪な感じがしますが、私なりの「いまここ」への向き合い方な気もしました。

ここまで考えが巡った時、「幸せがないこと」と「チャレンジがあること」は、綺麗に統合される感覚がありました。

 

「こんなにもチャレンジが溢れる人生は幸せだ」

 

別にスピってるわけじゃないんだけど、確かに感じました。

YouTube