はじめに
Tokyo Test Festに参加してきました。
とにかくエネルギーに満ち溢れていて、元気をもらえるイベントだと感じました。
昨年に引き続き、会場の雰囲気、セッション、廊下で交わされる会話など、すべてがポジティブなエネルギーとして渦巻いていました。
「英語」が生むサウンドとハーモニー
このカンファレンスの共通語は「英語」です。
今回は日本語トラックと英語トラックがあったのですが、この二つを聞いて気づいたことがあります。
飛び交う英語には、日本語にはない多様な「アクセント」や「イントネーション」があるということです。
私はこれを「サウンド」として捉えました。日本語にはないさまざまな音が混じり合う空間そのものが、新鮮であり、サウンドとして非常に心地よかったと感じることができました。
昔、面白半分でMesut(メスト)氏に「聞いてみる」という企画をした時のことを思い出しました。
JapanTestCommunityとTokyoTestFestに対する疑問に全部答える会 - connpass
この時、メスットは「ハーモナイゼーション」という言葉を強調していました。
これはもちろん、異なる背景を持つ人々が交流することによって起こる新たな価値のことです。
ただ、日本語と英語が混ざり合う空間でのサウンドとしてのハーモニーが、ある種Tokyo Test Festを象徴していると感じたのでした。
英語が得意じゃなくても堂々としよう
私はXやSlackなどで「英語に自信がないけど参加している」とポストしました。
あれは実は、昨年Tokyo Test Festに参加していたからこそ言える、冗談のつもりでした。
もちろん、英語を自由自在に使える方が、何倍も楽しめるのは間違いないでしょう。
しかし、「英語が得意じゃないから」という理由で、この熱量の高い空間に参加することをためらう必要はまったくないと、私は思います。
「この空間を共有したい」「一緒に学びたい」という意志があるなら、堂々としていればいいと思います。
英語が得意じゃなくても、Tokyo Test Festは、その意志を尊重し、その人の持つ多様性を受け入れ、歓迎してくれる場だからです。
受付で感じた「多様性」
今回も私は受付のボランティアを担当していました。
そこで感じたことに、強烈に心を打たれました。
受付スタッフのボランティアメンバーの多くが、「名簿に書いてある日本人の参加者の漢字が読めない」人がいたのです。
これは「準備不足」のイベントだった、などという話では断じてありません。 全くの逆です。
日本語の読み書きがネイティブではない。そんな状態であっても、これだけの熱意を持って、「あえて日本で」「国際的なカンファレンスを」実現している。全力で動いている人たちがいる。
その事実、その熱意に、私は深く心を打たれました。
一昔前、こうした動きは「グローバル化」という言葉で語られていました。
しかし、私があの場で感じたのは、もっと生々しく、温かい「多様性」そのものでした。
さまざまな背景を持つ人々が、イキイキと活躍できる空間。
その理想を実現するための「手段」のひとつとして「グローバル」がある。 Tokyo Test Festは、まさにそれを体現していたと感じます。
おわりに
Mesutに誘われたので、来年から正式なスタッフとして参加したいと思います。
ただ、今回の体験を受けて、この熱意を、この素晴らしい場を、これからも全力でサポートしていきたいと強く思いました。
もし、この記事を読んで、この思いに共感してくれる人がいたら、ぜひ私に声をかけてほしいです。
来年、あの熱量の中で一緒にこの「場」を作っていきませんか。