はじめに
ソフトウェアシンポジウム2025にオンライン参加してきました。
ソフトウェアシンポジウムには初参加なのですが、SigSQAのワークショップに参加したいと思っていました。
今回のワークは「QAの名もなき仕事を探索すること」を題材にして議論をしました。
その場の結論として出た内容を私なりに解釈して、このブログではまとめたいと思っています。
本ブログの内容は執筆者のやまずんの解釈であり、SigSQAの統一された解釈ではありません。
名もなき仕事は”まだ”名前がついていない仕事
今回のワークはそれぞれの「名もなき仕事」を書き出してから、それを元に議論するという方式でした。
大量に出てきた「名もなき仕事」をさまざまな性質がありました。
この問いの中で、私は以下のような特徴があると考えました。
- 自分1人で完結するような仕事である
- 人から明確にタスクとして渡された仕事ではない
- 人に対して明確にタスクとして渡せる仕事ではない
- 課題意識が明示的に存在するわけではない
本ワークでは名もなき仕事のモチベーションについて考える問いがあり、そうした背景から、これらの発生について考える機会が多かったと思います。
「名もなき仕事は、始めた当事者の個人的なモチベーションから発生するものである」というのが私の考えとしてありました。
名もなき仕事は認知的な反応によって生まれる
名もなき仕事をモデルで表そうとする試みがワークの中でありました。
そこで私は名もなき仕事が発生する仕組みとして以下のような特性を考えました。
- 名もなき仕事は特定の明確な課題があるわけではなく、認知・行動したものが習慣化したものである
- 以下の順序で発生する
- 自分の外部(現実)で何かが起こる
- それらを認知する
- それに対して感情・思考・身体的反応がある
- これらに対して対処を行う
- 状況が変化する
- 習慣化する
- 2,3,4に関しては個人的な経験や性格によって様々な形で表出化する
私は「認知型お仕事生成モデル」と名前をつけましたが、最終的には「感性駆動」みたいな名前になりました。
これらの議論の中で、参加されていた某オンライン区長の方は「怒り駆動開発」という言葉があり、感情というのが仕事を作るモチベーションになるよなという言葉がありました。
そこから私は名もなき仕事を作る機構として、ストレス回避の一種であると思いました。
感情の発露を肯定しているわけではない
一方で、多くのQAエンジニアはこれらのストレス回避を論理的に消化して、生産的な活動に昇華させていると、さまざまな方の語りで感じられました。
これらから言えることは、ただ単に「怒り」や「憤り」といった感情の発露を肯定しているわけではなく、冷静に考え、現実を変えていくような強い力がある人が多かったと感じています。
感情や感性をセンサーとして、目の前の現実を冷静にいい方向に変えていける、優れた人格を持っていることが、優れたQAである特徴であるかなと私は感じました。
SigSQA楽しかったぞ
今回ソフトウェアシンポジウムには初参加だったのですが、楽しかったです。
私は、SigSQAは大御所の人が話す、学術的なすごい場所だと思っていました。
しかし、実態は違っていて、現場で頑張るプラクティショナーの方々が建設的に意見を交換するポジティブな場でした。
今後も機会があれば参加したいと思いましたし、できれば現地でいろいろ話を聞きたかったな〜と思っています。